医療課題克服へデータ活用 第1部 医療のデジタル化の現状と課題 〜医療DX①〜

目次

デジタル改革を通じて、日本の医療が抱える課題を克服する。12月7日に開かれたシンポジウム「健康・医療のデジタル改革に向けて MEJ四次元医療改革研究会」(一般社団法人Medical Excellence JAPAN=MEJ、日本経済新聞社主催)は「電子カルテシステムの改革に向けた提言」を公表。国、医学界、産業界の進むべき方向を示すことで、医療改革に向けた第一歩を踏み出した。

カルテは誰のもの

一般社団法人 Medical Excellence JAPAN 理事長 笠貫 宏氏

生老病死は人間にとって避けられない運命であり、疾病の記録は人類文化の歴史ともいえる。宗教から分離し、診療録は紀元前400年、医聖ヒポクラテスによる個人の年齢、症状、所見、治療、転帰の詳細な記録に始まる。

紀元1600年以降、病理学など医学の進歩とともに診療記録の内容は急速に充実したが、診療録の記載は患者に対する医師の思考過程そのものであり、複雑多岐で、同じ患者の場合でも同じカルテは存在しない。1970年ごろ、紙カルテにおける入力段階でのデータベースの確立が試みられ、記録作成後のチェックと修正の重要性が指摘された。その後、電子カルテ時代に入り約30年たち、日本の電子カルテ普及率は大病院で85%以上だが、一般病院・診療所は40%台にすぎない。一方で、創薬、AI、ゲノム医療など電子カルテシステムの二次利活用への政策議論が進んでいる。

電子カルテ改革を論じるにあたり、カルテの価値、そしてカルテは誰のものかという命題を常に念頭に置くべきである。一義的には患者のものである。そして作成者の医師・医療機関のものでもある。さらに、医療情報の二次利用により、医学研究・医療保険・公衆衛生・法的防衛・創薬研究・ビッグデータなどとして社会、国家、そして人類のものでもある。

四次元医療改革研究会とは

一般社団法人メディカルエクセレンスジャパン(MEJ)は日本の医療を国際展開しようとの国の施策により2011年に始まった組織。19年に理事長に就任した近藤達也先生は医療の課題の解決の基になる組織として「四次元医療改革研究会」を設立し、医療における課題解決先進国としての国際展開へと新方針を出した。四次元医療改革とは国内(二次元)のみならず海外展開という考え方(三次元)と「未来」という時間軸(四次元)を取り入れた改革である。その医療改革の一丁目一番地として患者中心の合理的医療を追求するツールとしての電子カルテシステムの改革を取り上げ、21年9月30日に最終提言書をまとめ、政府に提出した。本シンポジウムは、近藤達也先生のご遺志を継ぐ追悼シンポジウムである。

第1部 医療のデジタル化の現状と課題

座長 国立国際医療研究センター 理事長 國土 典宏氏

データ改革、「倫理」起点に

自治医科大学 学長 永井 良三氏

本日のテーマは、社会的な課題である医療情報の活用である。コロナ・パンデミックでも、日本のデータ改革の遅れは明らかだった。

コロナ禍をチャンスに変えるための方策が、医療情報改革である。社会の了解のもとに、デジタル化した医療情報を活用することだ。しかし医療データには、収集、入力、分析の段階で、多くの壁がある。例えば、個人情報保護条例は、地方自治体ごとに異なる。データ統合のための協議も十分でない。広い視野と地道な積み重ねがないと、システムは動かない。

複雑な問題に取り組むときには、仮説先導型とデータ駆動型の考え方を組み合わせることが大切だ。仮説を立てて考えるのは、科学研究の基本である。しかし情報時代となり、データから考えることも重視されるようになった。コロナ・パンデミックのような新しい経験では、仮説だけでは危険だ。データを見ながら対策を立てることも忘れてはならない。

例えばクラスター対応は感染対策の基本だが、仮説先導型であり、これだけに頼ることはできない。接触経路不明の感染者が多いのであれば、学校、職場、エッセンシャルワーカー、ハイリスク者などの陽性率をモニタリングし、データ駆動型の対策も進めなければならない。現在は方針も変わったが、流行早期から検査体制の確立を急ぐべきだった。今回、自治体ごとに実施される無料検査もデータを統合して公開し、社会全体で対策を考えるべきだ。

病気になるのは、社会システムも同様だ。少子高齢化により医療体制の運営が難しくなってきた。この問題にもデータ駆動型の対策が必要である。人口動態や全国の医療の実態把握が重要だからだ。日本の医療提供体制は、広く薄く資源を配置する、いわば「鶴翼の陣形」が特徴だ。誰でもいつでも診療を受けられ、地域社会を支えてきた。一方、高度な急性期医療は手薄となる。このため現場は過重労働が続いている。しかし医療は、社会が共有するインフラであり、市場原理にはなじまない。これを調整するには関係者の協議が必要である。透明性を高めるためにも、データが欠かせない。

その上で、データ至上主義に陥らないように目配りが必要だ。データに基づくといっても、機械的な改革は、日本の医療の良さを損ね、地方は疲弊する。地域の経済や現場の実情を考慮したきめ細かい対策が必要だ。

日本の高齢者人口は2050年ごろにピークとなり、その後は減少する。しかし少子化はとまらない。若年世代が、高齢者の医療をどのように支えるかが問題だ。医療提供体制の持続性をどうするか。国・自治体の財政や国民の負担の仕組みも考えなければならないが、まずはできるところから始めること。例えば医療の標準化だ。そのためには、データをもとに互いに評価することだ。

一人ひとりの健康状態は、不連続に変化する。変化に対応するには、まず実態の可視化、次に状況判断、そして将来予測を行う。この体制を作っていけば、現在バラバラの電子カルテの改革にもつながる。病院と患者が情報を共有するようになれば、標準化がさらに加速されるだろう。

医療は地域固有の事情に影響を受けやすい。診療所や病院ごと、また月ごとに管理されている公的な医療データを、時系列で統合できれば、分析結果を地域に還元して、医療だけでなく高齢化対策など、地域の問題に向き合いやすくなる。

データの利用には倫理の問題が常に存在する。当事者の同意が必要であり、個人情報の扱いやシステムのセキュリティーに気をつけなければならない。一方、根拠のないままに医療を行ったり、政策を転換したりすれば、別の倫理問題を生み出す。医療データ利用に対する過剰な制約も、患者の知る権利を侵害する。それぞれ一理あり、どう折り合うかが重要だ。研究者も自身の業績のためではなく、研究成果が国民の知る権利や自律的な生き方に貢献するよう努める必要がある。いろいろな事例をもとに議論を深めることが大切である。

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